11月22日(日)
映画
◎◎『きみに読む物語』(2004年アメリカ/主演ライアン・ゴズリング レイチェル・マクアダムス)
◎水上勉・瀬戸内寂聴『文章修業』(岩波書店、知恵の森文庫)
瀬戸内 荒畑寒村先生は色町の入口で育ちましたから、芸者さんたちの踊りの質とか分るんですよ。それで、その子ちゃんの舞いが一番いいってごひいきだった。そのちゃんの「黒髪」、これは絶品だって言って気に入ってたの。粋な人でした。
水上 寒村先生を祇園へ連れていくとは、瀬戸内さんの功徳というかね、あなたなればこその仕業ですよ。僕らはとても真似できない。
瀬戸内 いや、恐れを知らないからですよ(笑)。寒村先生は、九十で恋をしてるの。わたしに言うのよ、お察しだと思いますけど、わたしはあの女に惚れてます、しかし、この恋が救われるのは、セックスが伴わないからですって。九十になってるんだもの伴わないわよね(笑)。しかしセックスが伴わないから嫉妬は五倍ですって泣かれるの。びっくりした。ご立派でございますってわたし言った。
水上 九十何歳?
瀬戸内 九十三歳でなくなったんですけど、恋をしたのは九十歳ぐらいですよ。九十歳になってスイスのアルプスに登ったんですもの。女を連れて。
水上 ほおー。
瀬戸内 九十で女に惚れてね、一日原稿用紙二十枚のラブレターを、朝昼晩と書いてた。「きみは、わたしがただきみに親切にしていると思ってるのか。この切ない恋がわからないか」なんて書いてあるんですよ。
水上 九十で愛の手紙をね。素晴らしい生命力。
瀬戸内 ロマンチストでしたね。
水上 寒村先生の、その話は、みんなに聞かせたいなあ。九十で恋できるんだ。
瀬戸内 できるんですよ。死ぬまで。宇野千代さんがわたしに、「瀬戸内さん、男と女はしょせん雄と雌ですよ。セックスを伴わなくなってからの恋がほんとうにいいんです」っておっしゃったんですよ、死ぬ前に。
水上 そうですか。
瀬戸内 宇野千代さんの最後の小説に――それは老女の妄想なんですけど、自分の好きな男が夜忍んで来たというところで、「男と女が股と股と合わせた」って書いてあるの。わたしたち、それよう書く? 股と股と合わせて、「それで二人は動かなかった」っていうの。それを読んで宇野さんの秘書が、先生がこう書いたけど、あんまりひどい言葉だから直しましょうかって編集者に聞いてきた。担当編集者はびっくりして、とんでもない、文豪の書いたものは一字もなおしちゃいけませんって止めたんです。すごくきれいですよね。股と股と合わせて、というの。
水上 きれいですね、でもその通りだもの。11月16日(月)
ライブが終わって、トボトボ一人で帰るときほど寂しいものはない。かといって、みんなと打ち上げをし大いに盛り上がったとしても、翌朝は必ずといっていいくらい落ち込み虚しさを覚える。たましいが抜けて疲れ切った身体だけが残っている。歌うことは僕にとって救いだったはずなのに、これではまずい。どうしたら楽しくなれるだろう。答えはわかっているのだけど。
最近読んだ本と良かった映画を書きます。
◎宮本輝・吉本ばなな『人生の道しるべ』(集英社)
かつて司馬遼太郎さんがなにかのテレビ番組で語ったことだが、あいつは初期の頃よりも堕落したとか、ハングリーでなくなったとか、みずみずしさをなくしたとか、世の中の人々は芸術にたずさわる人間にまことに酷なことを言う。
しかし、じつはなにも変わってはいないのだ。絵画にせよ文学にせよ音楽にせよ、そのような世界で自分の作品を創りつづけてきた人間は変わらないのだ。ただ長い年月のうちには技術の変化や考え方の揺れは当然あるが、根本的には変わらないのだ。
司馬さんはそう言ったが、私もまったくその通りだと思った。
逆の言い方をすれば、変わらないものを持っている者だけが、作家に、画家に、音楽家になることができたのだということになる。(宮本輝)
◎よしもとばなな『バナタイム』(マガジンハウス、幻冬舎文庫)
この間、奈良県のN湯というスーパー銭湯みたいな温泉に行った。私の体には二カ所に小さな入れ墨があって、それを隠さずに入浴しようとして追い出された。確かに「入れ墨の人は入浴お断り」と書いてあるところに隠し忘れて行ったのは私が悪かったと思う。でも、そこの人たちは「見つけてしまったから、たとえ今からあなたがそれを隠しても、入れ墨を入れているような人だと私たちにわかっているから、入浴を許さない」と確かに言った。そして、もしも本職のやくざの人でも、入れ墨をしっぷなどで隠してあって、その人たちに気づかれなければ入浴を許すし、見えていれば私の職業がなんであれ、駄目だと言った。いつから、銭湯の人が人の品格をさばいていいっていうことになったんだろうなあ? と私は思った。
その人たちは、すっ裸でいる私を糾弾して、服を着るまで見張り、いっしょに行った連れがたくさんいたのに彼らの入浴中はロビーで待つか出ていけ、と言い、さらに「返します」と言ってむきだしのお金をつまんで持ってきた。
映画
◎『清作の妻』(1965年、監督増村保造、主演若尾文子)
◎『雁の寺』(1962年、監督川島雄三、主演若尾文子)
◎『チョコレートドーナツ』(2012年アメリカ)
◎『ウィークエンドはパリで』(2013年イギリス)