Diary 2017

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甘泉園公園 2017.1.29

2月6日(月)


 和光大学のUさんという方から、佐久間正英氏について卒業論文を書きたいので、僕から話を聞きたいというメールが届いた。「佐久間さんのことは、『生きがいは愛しあうことだけ』に、すでに十分書いたので、それ以上話すことはないのですが、佐久間さんの役に立つようならば、お話します」と返事を出した。

 男子学生だから、さぞかしむさ苦しい男が待ち合わせ場所に現れると思いきや、なんと、とっても可愛い男の子だった。僕は思わず「わっ、可愛い」と口走ってしまった。その手の趣味はないのだが、この可愛さは憧れる。羨ましい。さぞかし、女の子からモテるだろうなと思った。

 ふと、吉本隆明の「好男子だから駄目」という言葉が浮かんだ。実は僕はその言葉が大好きだ。いわゆる「イケメン」と言われるような男は、それだけが理由で駄目なのである。もちろん僕が言うと、ただのひがみに聞こえてしまうことはわかっているが、Uさんの可愛さは文句のつけようがない。納得できる。好感が持てる。イケメンと可愛い子の違いは、やはり、かっこつけているかどうかだろうな。

 おまけに、すごく、礼儀正しい。話をしていて、不愉快なことが一つもなかった。僕は思わず調子に乗ってしまい、つい、余計な話まで喋ってしまった。音楽と関係ないけれど、19歳で結婚し、離婚は3回か4回、最後の奥さんは、長男よりも年下。元の奥さんたちとは、離婚後も仲が良い。極め付けは、人生において、一度も怒ったことがないという。これはすごいことだ。

 佐久間さんと僕との唯一の共通点は「趣味は恋愛」である。これさえ同じであれば、信じられる。音楽よりも女の子の方が大切なのだ。だからこそ「おやすみ音楽」を1111夜もアップできたのではないかと僕は勝手に思っている。彼女の耳元に届けるために。佐久間さんは「違うよ」と言うかもしれないけれど。

 インタビューの最後に「早川さんの歌うエネルギーは何ですか」と訊ねられた。「もちろん、女の子です」と即答したかったが、最近は、そのエネルギーもだんだん薄れてきたから、返事に困った。僕の生きてゆく歓びは何だろう。わからなくなってきた。

佐久間正英 シカゴ大学 2013.10.19

佐久間正英さんと最後の共演
シカゴ大学にて本番前 2013.10.19

2月1日(水)


 僕のライブをビデオ撮影してくれていた方がいた。渡辺一仁さんである。再び歌い始めたころからだから、かなり長い付き合いになる。もちろん、渡辺さんはご自身のお仕事もあるし、他にも好きな歌い手数人を撮られていたようだから、毎回というわけではなかったが、随分撮っていただいたような気がする。

 そんな関係になると、自然と親密度が増してゆくのが普通であるが、渡辺さんは撮影が終わるとすーっと帰ってしまい、打ち上げに参加するようなことは一度もなかった。後日編集したDVD-Rを郵送してくれるだけだ。本格的な映像にも関わらず、僕は特別お礼も言わない。僕は好きで歌い、渡辺さんは好きでライブに足を運び、好きで映像を撮る。「猫のミータン」の歌詞通り、恩を着せ合うことがなかった。常に一定の距離感を保つ。そんな間柄であった。

 これまで、僕の音楽活動を応援してくれた方は何人かいた。仕事として関わってくれた人もいれば、好意で手伝ってくれた人もいる。ところが、恥ずかしいことに、みんなそれぞれ、初めはいいのだが、何かをきっかけに、何かの事情で、なぜだか疎遠になり、ブツッと関係が壊れてしまうことがよくあった。佐久間正英さんに、「人として残念」と称されたくらいだから、きっと僕の不徳の致すところに違いない。ゆえに、僕は人と親しくなるのが怖い。

 だからというわけではないが、僕は音楽仲間や共演者とは仕事のときしか合わない。音源と歌詞カードを送るだけで、リハーサルは本番当日のみ。電話もしない。用件のみメールで連絡しあうだけだ。友だちになりたいけれど、ならない。恋人になりたいけれど、ならない。なれない。ステージで同じ空気を吸うだけだ。

撮影 渡辺一仁 撮影 渡辺一仁

 渡辺さんからちょっと体調が悪いみたいな話は聞いていた。久しくライブにも顔を見せないので、その後どうしているかなーと思っていたら、下北沢本屋B&Bの安倍啓輔さんから、一昨年、渡辺さんが急逝したことを知らされた。安倍さんは渡辺さんの甥にあたり、昔、撮影の助手で僕のライブにも来たことがあったそうだ。

 密葬だったのは周りに気を遣わせたくなかったからだろう。僕も最期はみんなに知らせてほしくない。渡辺さんは純粋に好きなことをしていただけだ。欲のない方だった。無私の精神だった。亡くなっても、もう会えなくなってしまっても、僕の記憶の中では、渡辺一仁さんは、ずっと生き続けている。


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