第6回 男の嫉妬
男はみんな自分が一番だと思っている。いや、もちろん一番でないことぐらいはわかっているが、心の底ではどこかで一番になりたいと願っている。だから他人から少しでも馬鹿にされたり、からかわれたりでもしたら、ひどく頭に来るのだ。
オス犬が電信柱に片足を上げておしっこをかけるのも、男としての存在を誰よりも高い位置に示したいかららしい。オスは常に自分の存在を誇示し、時には威嚇し、優劣順位を決めたがる。とどのつまりは、すべての欲望を満たしたいからだろう。
悲しいかな、それは人間の世界においても同じだ。ただ理性で抑えているだけに過ぎない。人間としての威厳を保ち、世間体もあるし、あまりガツガツするのはみっともないし、けんかはしたくないし強くないしという具合でほどほどにしているだけだ。
ゆえに男は働く。勉学に励み、スポーツで汗を流し、芸を磨き、人を笑わせたり、遊び上手になったり、不良になったり、女にモテたいがためだ。そして実力以上に頑張って身体を壊したりもする。能力の限界を知れば自殺もする。そうならぬよう、あきらめたり、ごまかしたり、何かのせいにしたり、要領よく立ちまわったりする。もしくは、孤高の人となって、人間を完成させてゆく。何もない、心を許す場所もいない、誰からも認められない孤独な人は、独り静かに暮らす。場合によっては、極端な話、嫌な話だが「注目されたかったから」という理由だけで、最悪、犯罪に走ったりする。
たとえばの話、野球選手をあきらめた人はプロ野球選手を尊敬し応援するであろう。しかし野球選手同士はたぶん応援しない。同じポジションを守っている選手に対し、心の中では怪我しろミスしろと密かに思っているという話をよく聞く。そうでなければチャンスが回って来ないからだ。下の者は常に上をめざす。
つまり、あきらかに手の届かないような位置にいる人に対してや違う分野で活躍している人に対しては、尊敬したり応援したりするであろうが、同じ場所で同じようなことをしている人には、自然と競争意識が働く。いやそういう意識があるからこそ共存共栄となり、お互いによい結果を生み出し、真の友情にもつながるとも言えるが。
それは音楽の世界でも同じだ。同じ分野の人が仲間を心から絶賛している光景を僕はあんまり見たことがない。だから、言葉を失うほど感動を受けている人を見ると、いいなと思う。素直だな、優しいなと思う。すごい男がすごいのではなく、すごいと思う男がすごいのだ。
男は嫉妬深い。女より嫉妬深い。なにしろ自分が一番だと勝手に思っているから、なおかつその自惚れを他人にばれないようにしているから余計である。たとえば、好きな女性がいいとも思わない男を褒め称えたら面白いはずはない。彼女が他の男のところへ行ってしまうようなことでもあればかなりのショックだろう。名誉よりお金より盗られたくない。男はいっぱい女性を愛し、錯覚でもいいから、愛されているということによって自信を保つことができるのだ。
あきらめている人は、擬似恋愛や画像や人形の世界で安らぎを得るであろう。その点女は強い。別れ話が出る前からちゃんと次の男を捕まえている。いや恋愛での嫉妬はまだいい。二人だけのことだし、しかたがない。切ないし、可愛げもある。それよりも、男同士の嫉妬が醜い。これは美輪明宏氏も再三語っていた。星野仙一氏も（巨人軍次期監督騒動の時）自分のＨＰで書いていた。一見まともそうな意見を言ってくる男の腹の底にはものすごい嫉妬が渦巻いているのだ。
僕は嫉妬深い。嫉妬している姿が醜いことも知っている。だから、そうなりそうところには初めから参加しないようにしている。三角関係は嫌だ。そうなったらすぐ降りる。悲しみの方を取る。もしかしたら、うちの家系はみんな嫉妬深いかも知れない。父がそうだったらしい。昔、母がクリーニング屋さんと親しく勝手口で話していたのを父は面白くなくて川柳を作った。姉から聞いた話だ。「ぜんだぐや他人の垢で家建てる」
父はもういないから真意のほどはわからないが、嫉妬ではなくただの冗談だと僕は思うが、「ぜんだぐや」という濁音に嫉妬が込められている。母の葬式の時など、いつも姉たちの会話は「お父さんってやきもちやき屋よね」って言ってみんなで笑うのである。
ちなみに僕は兄弟に対して嫉妬したことはない。兄や姉たちがどんなに裕福な暮らしをしていようが何にも感じたことはない。昔からだ。変な言い方になるかも知れないが、冷たい言い方になるかも知れないが、初めから競争などしていない、うらやましさを覚えない他人に感じるのである。
人間は弱い。特に男は弱い。女よりも弱い。たぶん頭も弱い。感受性も鈍い。いいところなしだ。ゆえに寂しい。偉そうなふりをするだけである。強そうなふりをするだけである。わかっているふりをするだけである。劣等感を持っている人ほど優越感を持ちたがる。かっこ悪い人ほどかっこつけたがる。この世はすべて逆だと思えばだいたい当たっている。2006.1.1
