エッセイ 27
忘れられない一冊
週刊朝日2012年2月10日号掲載読んだことはないけれど忘れられない本がある。題名だけで読んだ気になってしまうのだ。というより、未だに読み続けているような気さえする。淀川長治著『私はまだかつて嫌いな人に逢ったことがない』だ。
著者のお顔はテレビでしか知らないが、あの笑顔を思い浮かべると、やはり題名通り、嫌いな人に逢ったことがないのだろうな、と思えてくる。なんてステキな生き方だろう。
それに比べ僕はどうしたことだ。これまでに、どれほど人を嫌ってきただろう。喧嘩や言い争いはそれほどないが、心の中で、誰かしらを不快に思い、不潔に感じ、不信をつのらせ、怒りと憎しみまで覚えたことがある。
もちろん、気づいていないだけで、逆に僕が人から疎ましく思われたり、毛嫌いされ、恨まれた場合もあっただろう。人の欠点は気づくのに、自分の欠点は気づかないからだ。加害者は忘れがちであり、被害者は一生忘れられない。
何が嫌かっていうと、自惚れほど醜いものはない。僕も落ち込みが激しい分、つい自惚れてしまう。自分の存在を認めてもらわないと生きていけないからだ。しかし、嫌な感じで批判さ れたり、見下されたり、誤解を受け、寂しい思いをしたって、自分なりに納得していれば、なんてことはない。背伸びをしなければ、ちゃんと歩いて行ける。
人間として出来ている人は自慢しない。人を貶さない。言い訳を言わない。欲張らない。謙虚である。
自分は正しいと思っている人は正しくない。自分はもしかしたら間違っているかも知れないと思っている人が正しい。
どうしたら、人を嫌わず日常を過ごすことが出来るだろう。上下関係より、距離が大切なのではないだろうか。この人は、聞く耳を持たないな、嫉妬心と劣等感の塊だな(僕のことか?)と思ったら、距離を置くしかない。好きになれるところまで、離れてしまえばよいのだ。
顔を合わさねばならないとしたら、それは、神様がくれた試練だと思うしかない。汚れた精神を垣間見た瞬間、真実がわかる。
嫌な人が人生に彩りを添えてくれているのだ。そう思えば、「私はまだかつて嫌いな人に逢ったことがない」と、にこやかに生きてゆくことが出来るだろう。