Essay

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エッセイ 28

わが人生最高の10冊

「週刊現代」2015年12月12日号

自分と戯れているか、闘っているか

『小林秀雄講演』

 ここに挙げたのは、20歳の頃に手にした川端康成や江戸川乱歩、つげ義春を除くと、'70年に歌手をやめて、本屋をしていた40代で読んでいたものが中心です。

 1位の『小林秀雄講演』は新潮社が出しているCDです。図書館にあったカセットを借りて何度も何度も聴いていたもので、CDが出たときに全巻買い揃えました。

 小林秀雄の評論は文章だと難しかったりするんだけど、話しているのはすごくわかりやすい。たとえば第7巻の「ゴッホについて」は、〈今、文学と言えば、まあ小説ということになっておりますが、昔は小説と言えば、くだらないものだったんです〉と始まる。文学の講演会なのに笑い声が起きるんです。

 「ショクンはね」と語りかけながら、全然エラそうじゃない。落語みたいに間が絶妙で、すっと引き込まれてしまう。

 ゴッホは膨大な手紙を弟に書き送っているんですが、小林秀雄はその手紙をもとに「個性とは何か」を考える。〈鼻が高いとか容姿がどうだとか、ひとと比べてちょっと変わっているくらいのことは個性でもなんでもない〉と言うんです。

 もって生まれた負を克服し、乗り越える精神が「個性」なんです。芸術についても「自分と戯れているか、闘っているかで作品の良し悪しがわかる」というようなことを語っている。うなずかされるところが多く、ノートに書き起こしました。

 僕にとっては音楽のように聴こえる。小林さんが正宗白鳥との対談を振り返るエピソードがあるんですが、後日、白鳥先生から「この座談会、内容浅薄なり」と一筆されたゲラが回ってきた。自分も「浅薄」だと思い、本にするのは中止だと言って編集者をあわてさせる語りが面白い。第2巻では質疑応答があって、「いい質問をすれば、もう答えはいらないんです」という思想もいいな。

文句なしにいい作品というのは

吉本隆明『真贋』

 創作の良し悪しについていうと、吉本隆明の『真贋』にこんな一節がある。

 〈文句なしにいい作品というのは、そこに表現されている心の動きや人間関係というのが、俺だけにしかわからない、と読者に思わせる作品です〉

 「俺だけ」というのがポイントで、しかし実際にいいと感じるのが俺一人じゃダメなわけで、何百何千、何万と「俺」が増えていく。深いところで共感を得られるというのがいい作品なんだろうね。

 僕は吉本隆明の代表的な著作を読まずにきたけれど、この本はインタビューをまとめたもので、思想的な本を読みなれていない僕にもよくわかる。 共感するのは、たとえば言いにくいことこそ書くべきだという言葉。〈言うと褒められそうだと予想できることは、意識的にあまり言わないようにしよう、と考えています〉だとか。利のあることばかりやっていたらいけないんだという発想は小林秀雄にも通じていると思います。

 吉本さんのことをすごいなぁと思ったのは、安保闘争に関わったりしていた若い人が自殺したと聞いて葬儀に出かけていったときの話ですね。「あなたの本なんか読んだからだ」と遺族から非難されたけれども、一切反論しなかったという。真似できないことですよ。

車谷長吉『錢金について』

 次の『錢金について』は車谷長吉さんのエッセイです。旅館の下足番をやったりしながら40代で作家となった体験を書いていて、自尊心や虚栄心や劣等感といった人間が隠し持っているものを曝け出している。

 〈私小説を書くことは罪深い振る舞いである。悪である。業である〉と自覚していながら、それでも書くことをやめない。そうして、友人や親戚から絶縁されていく。すごいよね。

荒木経惟『センチメンタルな旅・冬の旅』

 荒木経惟さんの『センチメンタルな旅・冬の旅』は、奥さんの陽子さんが病気だと告げられてから撮り始めた、日記みたいな写真集。一枚一枚、撮る側の気持ちが表れている。空や道路を撮っても、そこに写るのは単なる空、道路標識ではない。撮る側の気持ちにピントを合わせているから、作品になるんだね。病院に向かうまでに雪が積もっている写真がよかったなぁ。

 つげ義春さんの漫画全集を6位にあげているけど、順位に意味はないです。漫画はつげさんしか読んでなくて、どの作品も好きなんだけど一つに絞るなら「別離」かな。

 生活に行き詰まり、やむなく別居した男が女を呼び出して、浮気を問い詰める。「あいつと何回やったんだよ」「分かんないくらいやったのか」って。回数は関係ないんだけど、男の目つきがすごくリアルで。さっきの言葉を借りれば「この気持ち、俺だけにしかわからない」と思わせるんだよね。

第1位〜10位

第1位 『小林秀雄講演』(全8巻) 小林秀雄談(新潮CD 第1巻4000円他)
「ユリ・ゲラーの念力を、手品だと否定するのではなく、儲けようとする姿勢がいかんなどと語る口調が面白い」

第2位 『真贋』 吉本隆明著(講談社文庫・495円)
「人間は弱く、悪いと思いながらもしてしまう行為がある。それを責めるのはどうか、という言葉が心に残ります」

第3位 『錢金について』 車谷長吉著(朝日文庫・入手は古書のみ)
私小説作家ならではの視点で迫る「島崎藤村の憂鬱」など、関係者の実名をあげて私小説家の業に踏み込んだ随想集

第4位 『センチメンタルな旅・冬の旅』 荒木経惟撮影(新潮社・3000円)
病を得た妻との旅。入院。見舞い。妻のいないベランダの風景……。私小説的な写真集

第5位 『質屋の女房』 安岡章太郎著(新潮文庫・490円)
「不良をまねる3人の陰気な友人関係を描く『悪い仲間』は何度も読み返してきた」

第6位 『つげ義春コレクション』(全9冊) つげ義春著(ちくま文庫・第1巻760円他)
「いくらでも描ける才能があるのに、新しい作品を描かず愛され続ける。すごいよね」

第7位 『山口瞳「男性自身」傑作選 熟年篇』 嵐山光三郎編(新潮文庫・入手は古書のみ)
「人となりは、ただ好き嫌いを挙げていくだけでもわかると書かれたエッセイがいい」

第8位 『心理試験』 江戸川乱歩著(春陽堂書店・800円)
「完全犯罪だと思われたものが、あることから崩されていく。眠れない夜向きだよね」

第9位 『眠れる美女』 川端康成著(新潮文庫・430円)
「老人と少女のエロチックな小説。純愛小説にそっぽを向いていた20歳の頃読んだ」

第10位 『ぼくが真実を口にすると 吉本隆明88語』 勢古浩爾著(ちくま文庫・880円)
「生きる」から「死ぬ」まで、言葉ごとに吉本隆明の発言を追い、平易に読み解いた語録

▼最近選んだ一冊

よしもとばなな『小さな幸せ46こ』

『小さな幸せ46こ』よしもとばなな著(中央公論新社・1400円)
「僕の新刊が出るとき帯の言葉をばななさんに頼んだご縁があります。世間では娘は父親を疎ましく思う時期があるものなのに、この本を読むと、ずっとお父さん(吉本隆明)が好きだったと伝わってきていいなぁと思う」

(構成/朝山実