書評 15
普通であること、みんなと違うこと
朝日新聞掲載 2004年12月5日松本昭夫[著] 精神病棟に生きて (新潮文庫・380円)
長山靖生[著] 「人間嫌い」の言い分 (光文社新書・735円)
松本清張[著] 実感的人生論 (中公文庫・800円)
彼女に男がいるのではないかという妄想にとらわれたことがある。幻聴や幻覚まではいたらず、表立った事件も起こさなかったから病院に収容されることはなかったが、『精神病棟に生きて』と同じ著者の前著『精神病棟の二十年』は、自分のことのようでいたたまれなかった。
嫉妬されてもしかたがない立場にいたのは僕の方であったにもかかわらず、僕が彼女に嫉妬を覚えていたのだから恥ずかしい話である。
前著で著者は自分が統合失調症になった原因は「異性問題」にあり、その「空洞を埋めてくれるもの」も「女性のやさしい愛だ」と書いた。しかし今回の本の専門家による解説を読むと、『現在のところ、統合失調症の原因がはっきり特定できたわけではない』らしい。「百人に一人が発症する身近な病気である」ともいう。こうした精神をどうすれば昇華していくことができるだろうか。
普通であることが一番ステキだ。自分も普通でありたいと願うが、はたから見ると普通ではないかも知れない。誰とも上下関係でありたくない。もっともらしい意見を疑う。議論より猥談を好む。騒音、排ガス、煙草の煙が苦手なので行き先は限られる。当然、友達は少ない。
『「人間嫌い」の言い分』には、こんな一節がある。「人間嫌いというのだから人間が嫌いなのかというと、必ずしもそうではない。むしろ彼らは、人間が好きなことが多い。ただ、人間たちが徒党を組んで集団になった時に醸し出される非人間的な臭みがいやなのである」
昔「友よ」という歌が歌えなかった。合唱が恥ずかしい。歌いたければ歌い、歌いたくなければ歌わない、それが歌っていることなのにと思う。
この本は「みんなといっしょであることに重きをおくから、『なかまはずれ』が問題となり、苦痛となるのだ。はじめから『私は私』であれば、『みんなと違う』のはむしろ当たり前なのだ」と説 く。共感。
『実感的人生論』は、貧しさからくる羞恥心と劣等感が描かれていた。「懐にはいつも文芸書を持っていることが、わずかに救いになっていた。いつかは小説家になろうと思っていたのである。人間はどんな不遇なときでも、何か心のより所をもつことは必要のようである」