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書評 11

失敗談、読むとほんのり幸せに

カラス


朝日新聞掲載 2004年6月13日

鹿島茂[著] 衝動買い日記 (中公文庫・720円)
車谷長吉[著] 武蔵丸 (新潮文庫・459円)
千住博[著] 千住博の美術の授業 絵を描く悦び (光文社新書・756円)


 何がいいって正直なものほどいいものはない。自然を愛し、生き物を慈しむのもそのせいだ。人と話しても、本を読んでも、いいなと思う場所は、常にそこにある。本来なら、心の中にしまっておいてもいいような、恥ずかしい部分や悪をいかにさわやかに誠実に表すことが出来るかで、その人の品位やかっこよさが決まるのではないだろうか。醜いのは、露骨な主張、思い上がり、わざとらしさである。自分のことか!
 『衝動買い日記』は笑えた。テレビの通販番組、新聞のチラシ、スーパーなどをのぞいて、「安い!」なんて言いながら、買ってしまう日記である。封書用ペーパーナイフのように「最も活躍している」ものもあれば、ごろねスコープのように「大失敗。その後、一度も使わず、現在、行方不明」みたいのもある。
 男性用香水を買うきっかけはこうだ。著者は女子大の先生。羨ましい限り。ところが、随分と「汗かき」らしく「おかげで、服から露出している部分はどこもテカテカ、テラテラと光り、エネルギッシュならぬアブラギッシュな様相を呈している。ようするに、若い人からは一番嫌われる体質なのである」
 どうしてここまで喋ってしまうのだろう。さらに、本が捨てられず、移動式本棚を買っても、本はさらに増え続け移動出来ず。パソコンに向えば、「ただいま作業中、触らないでください」というメッセージを真に受け、四〇時間以上も待ち続けてしまったり。腹筋マシーンは、「書斎の隅で、一種の洋服掛けとして使われている」など。人の失敗談は、人をほんのり幸せにする。
 『武蔵丸』は公園で見つけた兜虫に付けた名で、「いつしか私達夫婦は互いのことを『お父さん。』『お母さん。』と呼び合っていた。」というほど子供のように可愛がる話。「私は生来、けちで吝嗇で強欲で、道に痰を吐くのも惜しいと思うような男であるが、併し武蔵丸のためならば、いくら金を出しても、惜しいと思わないのだった」という文章から、小説を書かねばならない人のすごみを感じた。
 『絵を描く悦び』より。「自分の中から『癖っぽさ』や『あく』、『性格的なこだわり』とか『思い込み』、これをどうやって取り除いていくか。そのあと、ここには『個性』が美しく残ります」。


書評 11
朝日新聞読書面「ポケットから」
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