書評 13
近寄れない、でもこの本が好き
朝日新聞掲載 2004年9月12日江國香織[著] 泣く大人 (角川文庫・500円)
野田知佑[著] 少年記 (文春文庫・600円)
東海林さだお[著] 猫めしの丸かじり (文春文庫・500円)
ステキだなと思っても、近寄れない人がいる。ものの考え方など似ている部分もあるかと思えるのだが、まったく「友達」になどなれそうにない。
『泣く大人』を読んでそう感じた。好きな「ニューヨーク」の街や「深夜のバー」「男友達」などについて書かれているが、僕は一度も外国に行ったことがないし、バーは苦手だ。「男友達」の条件みたいなものに対し、自分はもののみごとにはずれている。
たとえば、「かつて恋をした男と女が男友達と女友達になるには、たぶん、必要なことが二つある。一つは互いに全く未練がないこと。もう一つは、二人とも幸せなこと」とある。
自慢じゃないが未練がましい。「男らしさ」とか「男っぽい」は、これっぽっちも持ち合わせていない。しかし、それでも僕はこの本が好きだ。「虚飾のない傍若無人」な「犬」が好きで、「裏庭」に「井戸」がある家を好み、「ハイジのような、やさしい心」を欲し、なおかつ「不良」の精神を持ってでも小説を書く。いいなと思う。そしていちばん欲しいものは僕と同じく、「惜し気もなく」使える「勇気」だからだ。
『少年記』はいい。熊本の美しい野や山や川で毎日思いっきり遊ぶ姿が描かれている。中学、高校は北九州に引っ越すのだが、工業都市の生活に馴染めなければ、今度は猛勉強。映画もたくさん観る。でも、休みになると熊本の田舎に飛んで帰り、時には学校をさぼってまで帰る。そして、生き返ったように、また、川で遊ぶのだ。
「人間は五〇歳からでも充分間に合う」という母の口癖。腕枕してくれた、兄の優しさ。そんな少年時代の思い出が自然体で描かれている。「大人になるのは素晴らしい。自由に生きることができるのだから」と言い切る。さわやかで、せつない一冊である。
『猫めしの丸かじり』は、変わらぬ面白さだ。20代の頃僕は「ショージ君」「タンマ君」「新漫画文学全集」で育った。眠れぬ夜など何度読み返したことだろう。エッセイも素晴らしい。食べ物について、これだけ書いても何一つ嫌みがないのは不思議だ。親近感がある。でも近寄れない。似たもの同士は、もしかすると近親憎悪に陥るからだ。