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書評 24

数学がこんなにも神秘的とは

芍薬


朝日新聞掲載 2006年1月8日

小川洋子[著] 博士の愛した数式 (新潮文庫・460円)
藤原和博[著] 人生の教科書[家づくり] (ちくま文庫・882円)
本橋信宏[著] AV時代 村西とおるとその時代 (幻冬舎アウトロー文庫・800円)


 数学が苦手で手にしなかったのは僕の間違いだった。『博士の愛した数式』は書き出しからして面白い。
 「彼のことを、私と息子は博士と呼んだ。そして博士は息子を、ルートと呼んだ。息子の頭のてっぺんが、ルート記号のように平らだったからだ」
 もちろん、物語は日常会話で進んでいくのだが、ひとたび数字が現われると、妙な具合となる。「君の靴のサイズはいくつかね」「24です」「ほお、実に潔(いさぎよ)い数字だ。4の階乗だ」といったふうに、数字が生き物のように動き出すのだ。
 ≪eπi+1=0≫という数式も「どこにも円は登場しないのに、予期せぬ宙からπがeの元に舞い下り、恥ずかしがり屋のiと握手をする。彼らは身を寄せ合い、じっと息をひそめているのだが、一人の人間が1つだけ足算をした途端、何の前触れもなく世界が転換する。すべてが0に抱き留められる」といった調子だ。
 数学がこんなにも詩的で神秘的で静かなものだとは思わなかった。たとえば、直線を紙に書くことは不可能なのだ。本来の直線は、無限にのびてゆかねばならないし、幅や面積があってはいけないからである。ではどこに直線があるのかというと、心の中にしか描けないのだという。まさに「目に見えない世界が、目に見える世界を支えている」のであった。
 色っぽい場面などないのに、とても色っぽい小説を読み終えた気分になる。
 『人生の教科書[家づくり]』は、これから家を建てる人にとっては、きっと役に立つ。吹き抜け、ロフト、出窓、ソファ、書斎は本当に必要だろうか。コンセントは多い方がいい。ドアより引き戸の方が楽。コートをかけるクロークが玄関の横にあると便利。家の中に隠れ家という逃げ場を作る。軒や庇(ひさし)を深くすれば窓を閉めずに雨音を聞けるなど。おそらく一生に一度あるかないかの家作り、せっかくなら悔いのない家を建てたい。
 『AV時代』は、タイトルこそお正月早々新聞には不向きだが、いたってまじめな本だ。村西とおる監督をはじめ、黒木香、沙羅樹、松坂季実子、田中露央沙、卑弥呼、清水大敬といった懐かしい方たちが登場する。いやらしい暴露本ではない。あの時代を共に生き抜いてきた著者自身の暗い心の内が綴(つづ)られている。大槻ケンヂ氏の解説があたたかい。


書評 24
朝日新聞読書面「ポケットから
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