書評 5
ステキな思想と、あったかい本と
朝日新聞掲載 2003年9月28日内田樹[著] ためらいの倫理学 戦争・性・物語 (角川文庫・629円)
保坂和志[著] 生きる歓び (新潮文庫・362円)
服部正[著] アウトサイダー・アート 現代美術が忘れた「芸術」 (光文社新書・740円)
『ためらいの倫理学』は、僕には少し難しくて分からない箇所もあったが、ステキな思想がいっぱい散りばめられていた。「私は『正義の人』が嫌いである。『正義の人』はすぐに怒る」という書き出しにドキドキした。
「世の中を少しでも住み良くしてくれるのは、『自分は間違っているかも知れない』と考えることのできる知性であって、『私は正しい』ことを論証できる知性ではない」
「批判する暇があったら、妻と親しんだり、子供たちと遊んだり、学生の相談にのってあげたり、困った人を助けてあげたり、『システム』から落ちこぼれそうな人を支えてあげたりしている方がよいと思う」
「『私には分からない』『だから分かりたい』『だから調べる、考える』『なんだか分かったような気になった』『でも、なんだかますますわからなくなってきたような気もする……』と螺旋(らせん)状態にぐるぐる回っているばかりで、どうにもあまりぱっとしないというのが知性のいちばん誠実な様態ではないかと私は思っているのである」にホッとする。
もともと、かっこいいことよりも普通であることの方がかっこいいと思っていた。と言いつつ、つい僕は力んで失敗してしまうことがよくあるが、名も知らぬ人の中に、何も言わぬ人の中に、実はすごい人がひそんでいるような気がする。
『生きる歓び』は、普通な人の普通な日常をたんたんと描いた小説だ。しかし普通は普通ではない。みんなものの考え方が違うからだ。「自分のことを何もせずに誰かのことだけをするというのは、じつは一番充実する」という文章に、あれ、もしかして、そうかなと考え込んでしまう。
同書に収められている『小実昌さんのこと』は、田中小実昌の真面目で飄々(ひょうひょう)とした姿が目に浮かぶ。「小説とか芸術というのは、『ビョーキの産物』なのだ」という一節があった。ならば、自分も書けるだろうか。そんな気にさせてくれるあったかい本だ。
『アウトサイダー・アート』、画家デュビュッフェの言葉。「本当の芸術、それはいつも私たちが予期しないところにある」「芸術とは、人に知られないでいることに熱中している人物なのだ」