書評 20
「偉いねー」 ほめる美術教育の記録朝日新聞掲載 2005年7月10日山本美芽[著] りんごは赤じゃない 正しいプライドの育て方 (新潮文庫・500円)
上原隆[著] 雨の日と月曜日は (新潮文庫・500円)
遠藤周作[著] 人生には何ひとつ無駄なものはない (朝日文庫・630円)
『りんごは赤じゃない』はある公立中学校の美術教育の記録だ。その先生はとにかく生徒をほめる。早く教室に来るだけで「よく来たね! 偉いねー。なんていい子なんでしょう!」と握手する。忘れ物をした生徒がいても「今度から忘れないようにします」と答えれば、「よく言えたね。すばらしい」「最高よ」とほめる。「忘れ物をしたという『失敗』をとりあげるのではなく、忘れ物をしないようにしようと思う『心』を評価する」。
全員ほめる。些細(ささい)なことでいい。「字がとてもきれい」ってほめる。頼み事をしてくれたら「ありがとう! 本当にいい子ね」と感謝を表す。お喋りを注意する時は「名指しでは非難しない」。「授業にかける気迫と自分に恥をかかせないでくれた温かい気遣い」を感じとらせる。「『だめ』ではなく『イヤだ』という」。命令ではなく気持ちを伝える。
たったそれだけなのに、生徒は見違えるようにやる気を出す。教育の第一歩はほめることだったのだ。考えてみれば、大人だってほめられたい。認められたい。子どもならなおさらだ。
生徒の作品を教室に飾る。「上手いかヘタか」ではなく、心の眼でものを観察することを教える。すると、自分の色で絵が描けるようになるのだ。内申点が低いって文句を言いに来た生徒に、先生は「どうしてこうやって点数で人間をはかるようなことをしなければならないんだろうね」と涙ぐむ。
数年前、ルポルタージュ作家で知られる上原隆氏から取材を申し込まれたことがある。その時、僕は生意気にも「自分のことは自分で書きますから」と断った経緯がある。そのおかげで僕は『たましいの場所』という本が書けたのであった。
エッセイ集『雨の日と月曜日は』は恥ずかしい場面もある。やはり書くという行為はそういうことなのだ。「困難にくじけた場所こそが思想の土壌であり、その場所を忘れないことが大切なのだ」という鶴見俊輔の言葉が底に流れている。愚かさと悲しみしか書くものはない。
過去はやり直せない。後悔と嫌悪の連続だ。しかし『人生には何ひとつ無駄なものはない』を読むと、ちょっと勇気が湧いてくる。マイナスの中にプラスがあり、プラスの中にマイナスがあることをはっきりと示してくれるからだ。